ベルジュラック南部に、熱い情熱を持った自然派生産者が登場した。
マチアス・マルゲ。彼は2008年親から受け継いだぶどう畑からワインを造る営みを始めた。
しかし、その道のりは決して平坦なものではなかった。
ワインを造り始めたその年、彼のシャトーに醸造コンサルタントがやって来た。コンサルタントは大きな荷物を持っていた。
培養酵母を始めとする醸造用助剤の入った20kgもある箱を抱えて…
初めてのワインが出来上がった頃、同じ地域でワインをつくる20人の生産者が集まる会があった。
おのおの自分の造ったワインを手に携えていた。皆でそれぞれのワインを飲み比べた。どれも同じ味がした。
そう、皆、あのコンサルタントが言う通りにワインを作っていたのだった。
マチアスは思った。
“敢えてオレが造る意味があるのだろうか…?”
次の年もマチアスはワインを造った。しかし、あの醸造コンサルタントが持ってきた醸造用助剤は使わなかった。
すると、他の生産者のワインと少し違う味がした。そこで彼は悟った。
“コンサルタントの言うことを聞いちゃいけない。自分を信じてワインを造ろう”
そうして、マチアスのワイン造りが始まった。
この地域でもっとも優れたテロワールの地
レスティニャックの畑がある場所は、ベルジュラックで最も西に位置し、ボルドーやデュラスに近い。
また、下層土は石灰の岩盤でその上に50cm~1.5m程土が被さっている小高い丘の斜面上に位置し、この地域でもっとも優れたテロワールの地と云われている。
赤ワイン用品種は石灰が崩れた土壌に植えられ、白ワイン用品種は粘土質土壌に植えられている。
ジュランソンでは甘口用の白品種プチ・マンサンは粘土質土壌に植えられるように、それは理にかなっているのだ。
シャトーの敷地は全てで18ha。そのうちぶどうの樹が植えられているのは7ha。
畑の脇には、洋梨、りんご、ハシバミその他20種類もの様々な樹木が生えている。
隣の所有者の畑にはぶどうしか植わっていないが、これは実はぶどう栽培には良いとは云えない。
たくさんの種類の植物に囲まれているのが理想的で、多様な生態系を育むことが出来る。
マチアスは、新しいぶどう畑には5畝ずつ果樹とぶどうとを交互に植えるようにしている。
馬は最高に良い仕事をしてくれる
3月になると有機肥料を少々施すことにより、根が張り葉が茂り光合成が活発になる。
光合成が活発に行われればより根が伸び葉も茂るという好循環が生まれる。
定期的に畑を耕すが、あまり深くは耕さず表面だけ馬を使って耕す。
土壌の微生物相を壊さないためだ。
トラクターでは硬い土の塊が出来てしまい、しかも重いトラクターが耕してもまた土を固めてしまうのであまり良くない。
その点、馬は最高に良い仕事をしてくれる。
馬の足は細いので土を固めてしまうことはなく、自然環境の畑と生き物である馬はとてもよく調和するし、馬との仕事はぶどうの樹をよく観察するにも好都合だ。
一枚の畑の広さは10アールにした。広大な畑の方が一見効率は良いように思われるが、実は昔から一枚の畑は10アールと決まっているのだ。
なぜなら馬と一緒に出来る畑仕事の広さは、1日10アールだからだ。
ビオディナミカレンダーに従って耕作することは本当に困難
ビオディナミの考え方を取り入れたぶどう栽培を行っているが、教条的にビオディナミを行ってはいない。
彼に言わせると、認証を持っているビオディナミ生産者と云えどもうそつきばかりなのだそうだ。
ビオディナミカレンダーに従って耕作することは本当に困難だ。
ロミエと云われる成長期に伸びる蔓を切る作業は、花の日に行わななければならない。ところがひと月の間に花の日は4日しかない。
その生産者の持っている広さの畑でロミエを、その人数で出来るはずがない。
しかも雨が降ってしまったら尚更困難になる。また、プレパラシオン(調合剤)の散布も同様だ。
所有する面積の畑に決められた日に、その人数でどう考えても不可能だと首をかしげることが少なくないという。
もっともマチアスはビオディナミを否定しているわけではない。
理解もせずに教条的に、しかも出来ていないことをさも忠実に実践しているかのように振る舞って、「私はビオディナミストです!」
と自慢している生産者が多いことを嘆いているように見える。
レスティニャックのワインはどんなものなのか?
もしかすると、レスティニャックのワインは少々分かりずらいかも知れない。というのも、毎年出来るキュヴェが違うからだ。
今年あったからと云って、来年同じキュヴェがあるとは限らない。しかも、ラベルも毎年異なる。
しかし、考えてみれば当然かもしれない。毎年気候条件は違うし出来るワインも違う。
それを毎年同じラベルを張ってリリースする方がもしかしたらおかしいのかも知れない。
2014年マチアスは、2つの白ワインをリリースした。
しかし、2015年は、たった一つのキュヴェしかリリースしない。
その年は雨が多く収量が少なかったので、4種類の品種を全部ブレンドしたのだ。
しかも、難しい年だったにも関わらず、そのワインは死ぬ程美味しいのだ。
自然に忠実に、いかにテロワールを表現したワインを造るか。
飾ることなく、おごらず謙虚に誠実に自然体ですべてに対峙するマチアス。
実に興味深い生産者だと思う。